愛着の時代
記憶とはやっかいなものだ。
私達に映像や物語の記憶として残るのは、おそらく3歳以後である。しかし人格形成で重要になるのは0歳から2歳半くらいまでの間(専門用語では前エディプス期)である。この年代の私達のそばにいるのは「愛着」を提供してれる母親(あるいは、それに代わる養育者)であろう。私はこの写真みる度に思う。これを撮影したのは、私が3歳の時に蒸発した父親であろう。医者になるまでの暗い時代(教員から同級生からもいじめられ、孤独と空しさに支配された大学時代を生き残れたのは、この母の愛情があるからだ。母に抱かれ両手を広げ笑っている私が無意識の中にいる。
マンダラート
大学生くらいの時にマンダラートという八マスを使い、思考を拡散させ、連想を促し、自分自身をみつめる方法を知った。中心にテーマを書く「精神科医になる」と書き、そのために何をやるか、どこに行くか、何を読むかなどと埋めていく。さらに各マスから連想を8マスに拡大していく。私は、わりと、その後も使っていたが、この方法を、再び世に知らしめたのは大谷翔平MLBプレイヤーである。彼は高校時代にマンダラートを使い、そこに既に「ゴミ拾い」が書かれている。驚くべき自制心や向上心は若い時代にマンダラートで育まれ、優れた才能と相互作用したのだと思う。
小説を読もう
小説は自分を別な世界に運んでくれる。小学生の時に母親が買ってきてくれた「ロビンソンクルーソー」「トムソーヤーの冒険」などが最初に引き込まれた本である。
小学6年の時に、ものすごく感動する本を見つけた。海を舞台に小学生と在日朝鮮人との交流を描いたものだ。
文芸誌で、感動した本について書くことになった時、どうしても、もう一度読みたくなり「もう一つの夏」(那須田 穣著、実業の友社)というタイトルを、やっと思い出し、そして手に入れた。
何故、あの時、この本に感動したのか、まだ自己分析がとどいていない。あの頃の感動はそのまま置いておきたいからだ。